心の声に従うブログ

心の声の人 たっつん

「無駄」=「かけがえのない幸せ」

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ついさっきの話。

 

僕が懐かしのゲームをしていて、

子どもの頃、幼馴染と超盛り上がってた

名場面がやってきて、

 

つい懐かしくなって、

そのシーンを撮って

その幼馴染にLINEした。

 

 

その幼馴染とは、

小学校1年からの付き合いで、

かれこれもう22年の付き合いになる。

 

今こうして数字を書いてみて、

随分と長い付き合いになったものだなぁ、と

時の流れをしみじみと感じるわけだけど、

 

そんな小さな頃の友達と、

今でもつながっていられることは、

とても大きな財産だなぁ、と思う。

 

 

ホンッッッッッットに

くだらない話で。笑

 

 

深夜2時半も過ぎてるのに、

マジで何の生産性も意味も

まっっっっっったくない会話。笑

 

 

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まじ迷惑なスパムだよ。笑

 

 

で、そいつもくだらんネタを

ぶちかましてきて。w

 

まー、深夜なのにクスクス

笑ってるわけですよ。笑

 

 

でも、ふと思ったんだけど、

 

 

利害も損得も迷惑も全部超えて、

意味なく楽しめる友達がいるって、

本当に幸せなことだな、って思った。

 

 

大人になったらさ、

よく分かんないけど、

 

いろんな社交辞令覚えて、

いろんな氣の遣い方覚えて、

 

損得や常識や迷惑を

超えたつながりって

中々できないじゃん?

 

 

どれだけ仲良くなっても、

相手のことを氣遣うし、

 

さすがに意味もないのにいきなり

悪ふざけしたりとかしないよね。笑

 

 

もし、そんな友達が1人でもいるのなら、

それって本当に幸せなことだと思う。

 

本当にかけがえのないものだよ。

 

 

人生ってさ、

 

お金を稼ぐためにあるものでもなければ、

仕事をして生きるためのものでもないし、

成功を目指すものでもないし、

義務とかやるべきことを果たすものでもないし、

 

ただ楽しむためのもの

 

だと、僕は思ってて。

 

 

「どれだけ笑い合えたか?」とか、

「どれだけ感動できたか?」とか、

「どれだけ無駄を楽しめたか?」とか、

「どれだけ喜びを分かち合えたか?」とか、

 

そういうことが人生の充実度とか

幸福度を決めてるんじゃないかな、って思う。

 

 

無駄なことを楽しむ心のゆとりを、

くだらないことで笑いあえる友達を、

損得や常識や迷惑を超えた心地よさを、

 

もっと大事にしていきたいと思う。

 

 

もっと童心に、

もっと純粋に、

もっと無意味に、

もっと無駄に、

もっと素直に、

 

ただただ楽しく、

至福に満ちた

あるがままの姿で。

 

 

必要なことや、

意味のあることや、

役に立つことや、

合理的なことや

効率的なことや、

 

あらゆる「頭の良さ」を手放して、

ただただ「心の声」に従って。

 

 

さぁ、いい加減に寝るかぁ。