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ちょっとしたことで怖れを感じたり萎縮してしまう人へ

 

 

 

こういう人多いと思うんだよねーーーーーーーー!!!

 

特に最近の若い人。

10代20代の人は感性が繊細になってきていて、小さな怖れや違和感を感じ取ってる人って多いと思う。

 

ちょっとした怒鳴り声にもビビってしまうとか、雰囲気や言葉のトーンで否定的なエネルギーを感じてしまって、萎縮してしまったりとか。

 

そういう人って、今の社会を超生きにくいと思ってて。

争いとか相手を否定したりとかもしたくないし、仕事でも何かを強いるのもしたくないと思うんだよ。

 

それに、ちょっとしたことで凹んじゃったりとか、傷ついちゃったりとか、すぐに相手の様子を見て自分の言いたいことを言えなくなっちゃったりとか。

 

 

今日はそんな人に向けて、僕が考える対処法を書いちゃうよ。

身に覚えがある人、必見ーーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(ニャンだと……!!)

 

最近は時代が変わってきていて、怖れや否定のエネルギーが強いとホントに物事がうまくいかないな、って思う。

 

 

一昔前までは、「根性論」や「上下関係」や「競争」や「戦い」といった中でも生きていける人が大半だったのかもしれないけど、最近はそういう中で生きていけない人が増えてる。

 

それは、「根性論」「上下関係」「競争」「戦い」というような文化の中に「否定」のエネルギーが存在するから。

 

繊細な最近の若者は、そういう小さな否定のエネルギーにも敏感で、自分を傷つけてまで頑張れなかったり、相手を傷つけてまでやりたくない、って思ってる人が多い。

 

だから、根性がないとか、メンタルが弱いとか、戦う力がないとか、そういう風に見られがちで、社会でも評価されづらい。

 

例えば、ちょっと上司が否定的な人だったりすると、いつ怒られるか分からないと思って、萎縮してしまう。

 

そうすると、自由な発想が生まれにくくなっていって、何もしないのが一番無難になって、どんどん組織や関係は消極的なものになっていく。

 

本来確認すべきところも怖くて確認できなかったり、今の自分がその人に怒られるだろうな、っていうような状況だったら、上司がいなくても一人でいても怖れにとらわれてしまう。

 

ずっと怖れにとらわれちゃうんだよね。

頭の中のその人がいる限り。

 

結果として、心は疲れきってしまい、その上司に怒られないように自分を守るので精一杯になってしまう。

 

こういう状態になって脱落してしまう人って本当に増えてきてる。

そして、こういう人を指して、上司はこういうわけだよね。

 

「最近の若い子には根性がない」

「自主性がない」

「メンタルが弱い」

 

こうやって否定されて無能扱いされていく人が本当に多い。

本当は全然そんなことないのに。

 

彼らはとても繊細な心を持っていて、より小さなものまで知覚できるハートを持ってる。

 

こういう人は繊細な心を持っているがゆえに、

 

・否定的なエネルギーに敏感

・でも小さなことにも喜びを感じられる感性を持ってる

・人の気持ちを感じてあげられる

・自分の心に嘘をついてまで頑張れない

・本当に安心していないと力を発揮できない

・だから、本当に楽しいことに向かっていこうとする

・人を傷つけることをしたくない

・無理強いさせられるのもさせるのも嫌

 

こういう特徴を持ってる。

きっと今この文章を読んでるの人の中にも、首を縦に振りすぎて首がもげそうな人がいるはず。笑

 

こういう人は今の相対世界では生きづらいし、悩みも尽きない。

なぜなら、相対世界の本質は「競争」であり、どちらかが勝って、どちらかを負かす世界だから。

 

相対世界について詳しく知りたい方はこっち。

 

今までは否定のエネルギーもある程度役に立ってきたんだと思う。

きっとその否定の力に負けない心を持った人が多かったんだと思うし、根性もあってメンタルも強かった。

 

だから、それでも頑張れたし、負けん気やいつか見返してやるって気持ちでやれてきたんだと思う。

 

でも、今の若者はもうそうじゃなくて。

 

「争いはもうやめよう」

「自分を傷つけるのも相手を傷つけるのももうやめよう」

「苦しいことを我慢して頑張るんじゃなくて、本当に楽しいことをやろう」

「相手の気持ちを感じてあげよう」

「自分の心に嘘をつかずに自分を大事にしていこう」

 

繊細な心を持ってるから、自然とそうなっていっちゃうんだよね。

もちろん、一部のエネルギーが高い人たちの世界では、こういう世界もすでに存在するんだけど、まだまだ少数派なのが現実。

 

今苦しんでる人達に伝えたいのは3つあって、

 

・できる限り否定のエネルギーを使う人から離れる

・できる限り否定のエネルギーを使わない

・できる限り否定のエネルギーを受け取らない

 

 

っていうこと。

一つずつ簡単に説明すると、

 

まずは、否定のエネルギーを使う人から離れるのが一番手っ取り早い。

そういう友達、そういう人付き合い、そういう職場から離れるのが一番。

 

次は、自分自身が否定のエネルギーを使わないこと。

 

自分が他人を見て否定したり、あの人ダメだなとか、かっこ悪いなとか、恥ずかしいなとか、かわいそうだな、とかそういうジャッジをやめること。

人を仲間はずれにしたり、攻撃したり、怒ったり、無能扱いしたり、そういうのをやめること。

 

類は友を呼ぶ、ってことで不思議なことに自分が否定の力を使っている限り、自分の眼の前に否定の力を使う人が現れ続けるからね。

 

最後は、否定のエネルギーを受け取らない。

受け取らない、っていうのは、

 

「否定しているのは、相手が怖れているだけであって、自分とは関係ない」

 

っていうのを知ること。

たとえ怒られても、それは自分が無能だからじゃないし、イライラしてたりピリピリしてても、それはあなたが悪いわけじゃない、ってこと。

 

実際に慣れるまで難しいし、それでもエネルギーの影響は受けちゃうけど、でもそう知っておくだけで、苦しみはかなり軽減できるから。

 

こうやって意識していくうちに、否定のエネルギーのない人間関係が自然と作られてきて、もっともっと自由に怖れなく表現できるはず。

 

今の若者たちは、怖れのない環境なら本当に多彩な才能を持ってるから。

 

ぜひこっちの記事も合わせて読んでみて。

 

それでは!

 

子どもはみんな、両親に笑っていてほしい。

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例えば、僕は幼少期、両親のケンカを飽きるほど見てきた。

父はお酒もタバコも好きな人でよく母に暴力をふるっていて、ときには救急車を呼ぶことも、数針縫うような大ケガをすることもあった。

 

僕はよくケンカを止めに入ったし、実際僕が間に入るとほぼ間違いなくケンカは収まった。

きっと、どんな子どもでも似たような行動をとると思う。

 

いきなり湿っぽい話だけど、別に不幸自慢や同情を誘いたいわけではなくて、今でも自分はあのときとあんまり変わらないんだな、って思うことがときどきあって。

 

両親のケンカや不仲なんて今どき珍しいことじゃなくて、そういう経験を持っている人は思っている以上にたくさんいると思う。

 

そのときの僕はどう思っていたかと言えば、「お母さんを守りたい」とか「暴力をやめてほしい」とかそういう感じ。

でも、自分が間に入ることでケンカが収まったり母が助かるのは、嬉しかったと思う。

 

じゃあ、父を憎んでいたかと言えば実はそうでもなくて、父は僕のことを溺愛していて、いつも一人っ子の僕の遊び相手になってくれていた。

 

そして、父がなぜ母に暴力を振るうのか?なぜ腹が立っているのか?その気持ちも、子どもながらに痛いほどよく分かっていたと思う。

だから、機嫌が悪い父やピリピリしている父に、僕はよく話しかけたし、じゃれついた。

 

それはきっと、父に笑顔になってほしかったからだと思うし、母とケンカにならないためだったようにも思う。

結局、子どもの頃の僕は、父にも母にも笑顔でいてほしかったんだと思う。

 

子どもの願いなんて、きっと誰だってそんなものだろう。

国籍が違おうが、家庭が違おうが、子どもは両親が仲良く笑っているだけで幸せを感じれるものだと思う。

 

もちろん僕も例に漏れず、だ。

 

僕は、責めることや否定することが嫌いだ。

責められることにも、否定されることにも、とても弱い。すぐ傷つく。

責めるのも責められるのも、否定するのも否定されるのも、辛い。痛い。苦しい。

 

だから、誰かに責められている人、誰かに否定されている人を見ると、助けたくなる。

痛みや苦しみが伝播してくるから。

どうにかしてその痛みや苦しみを和らげることができないか、って。

 

でも、だからといって責めている人や否定している人を憎むか?って言われるとそうでもなくて、同じようにそういう人も助けたくなってしまう。

ネガティブなエネルギーや緊張感、不安感をどうにか癒すことができないか、って考えを巡らせてしまう。

 

理由はおんなじ。

痛みや苦しみが伝播してくるから。

 

今でもたまに無意識にそんな風に行動してしまう自分を振り返ったとき、

 

「ああ、僕はあのときからずっと変わってないんだな」

 

って。

 

僕には今、たいせつな人たちがいて、その人たちと愛の輪を広げていきたいと思ってる。

まだまだ身勝手で、認められたくて、弱い弱い存在だけど、小さな小さな愛を樹木を育てるように、大きくしていきたい。

 

そうやっていつかその樹木の新緑によって、実りによって、したたる雫によって、木陰によって、誰かの安らぎや憩いの場になれれば。

そんな願いを込めたりして。

 

どうすれば、責め合いや否定がなくなるか?

 

その答えはまだ模索中だけど、自分がいつも、自分に対しても、人に対しても、世界に対しても優しく在るように努めていきたいな。

 

それは、自分がいつも選べることだから。

 

 

A Piece of Self

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生きる、ということは、1枚のジグソーパズルを完成させていくプロセスに似ているかもしれません。

生まれる前に使命という1枚の絵を描き、それをバラバラに砕いてこの星に降りてきた。

 

日々の出来事は、何の意味も感じられないものばかりで、

そのひとつひとつの正確な意味を見出すことは、おそらく難しいでしょう。

 

僕たちはまだ何も埋まっていない空白のフレームに毎日ピースを埋めていきます。

僕は今27歳なので、僕のフレームには27年分のピースが埋まっているわけです。

 

すると、あるときぼんやりとジグソーパズルの全体像が見える瞬間があります。

 

なんとなく、「自分はこれをするんだろうな」「これは自分の役割だな」と感じること、わけもなく「これが好き」と思えること、なぜだか心がワクワクすること、

 

それは、自分の深い部分、魂がジグソーパズルの完成図に近いものを感じているから、そう思うのです。

 

人生には無駄な出来事はひとつもありません。

なぜなら、僕たちの目の前で起きる現実は全て魂が創造したもので、ジグソーパズルのピースだからです。

 

たとえ僕たちが自由意志の元にどんな選択をしようとも、魂はそのときどきの僕たちの状態に応じて、ジグソーパズル完成への最短ルートとなるピースを目の前に差し出してくれるのです。

 

だから、たとえ小さなサインを見逃したとしても、僕たちの感性がそれを捉えられなかったとしても、魂は、僕たちに気づくようにサインを送り続けています。より大きな音を奏でて、より強いインパクトを持って。

 

そのサインにいつまでも抵抗していると、ときに魂は大きな痛みや苦しみを連れてきます。

「もう気付かなきゃダメだよ。これ以上はもっと大きな痛みになるよ」と。

 

ですが、ひとつサインを読み解き、次のステージに進むとより大きな愛、純粋な自分に近づいていきます。

それは、ジグソーパズルの完成に向けて一歩前進したことになるからです。

 

ジグソーパズルは本来の自分自身そのものと言い換えてもいいでしょう。

 

つまり、今この瞬間に自分の目の前に起きている現実は、どれだけ痛みや苦しみを伴うものであったとしても、完全で完璧でジグソーパズル完成への最短ルートが示されているのです。

 

それを偶然と呼び嘆くか、自らのテーマと捉え取り組むかは自由です。

どちらを選んだとしても、魂はまた最短ルートを目の前に差し出してくれるからです。

 

ですが、だからと言ってチャンスは無限というわけではありません。

なぜなら、僕たちには肉体があり、この世にいられる時間は有限だからです。

 

どうせここに生まれてきたのなら、人生は喜びが多い方がいいし、存分に自分を表現した方が楽しいでしょう。

 

それも、自由です。

 

せっかくだから、楽しんで生きたいですね。

世界はこんなに美しく、感動に満ちているのですから。

 

 

両親と和解すれば、やりたいことを自由にやれるようになるよ

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(散歩中に出会ったおっちゃんと犬。笑ってる。笑 超かわいい)

 

 

 

父親がいつもガミガミ言ってきて今も話したらケンカになるからできれば顔合わせたくない、って人。

 

母親が頼りなくていつも我慢ばかりして苦しんでて私は母親みたいにはならないぞ、って思ってる人。

 

 

 

 

 

 

人間関係の悩みあるだろーーーーーーーー!!!笑

 

 

 

 

 

 

ちょっと怖いけどこの人の力強さやパワーに惹かれてる、この人に認めてほしい、この人に嫌われたくない、って人。

優しくて一緒にいると癒されるんだけど、要領悪くて動きも遅くて、ついガミガミ言ってしまう、って人。

 

 

 

 

 

 

そんな人との人間関係で悩んでるだろーーーーーーーーーー!!!笑

 

 

 

 

 

 

そりゃそうだ。笑

 

だって、人間関係の悩みの火元は全部親との関係だもん。笑

 

 

どれだけ向き合いたくなくても、どれだけ嫌いでも、もういないことにしたかったとしても。笑

 

そこを避けてちゃずっと悩みは解決せんよーーーー。

一時的に解決したと思っても、人を変え、場所を変えて同じ問題や悩みがやってくるよーーーー。

 

だから、人間関係で悩んでる人は親と和解するといいよ、って前に書いたんだけど、今日は

 

「どうやって和解するのか?」

「そもそも和解するって何?」

 

ってことを書いていきたいと思います。

これ前回の記事ね。

 

人間関係で苦しんでる人は読んでおきんしゃい。


簡単におさらいしとくと、僕たちは「認められたい」「愛されたい」と他人に承認や愛を求めるから人間関係で苦しむわけね。

相手に合わせることで、自分がやりたいこと言いたいことを我慢してしまうから苦しい。

 

まずこれが土台。

 

そうじゃない人は周囲の目が気にならないから、周りを気にせず言いたいこと言ってるし、やりたいことやってるからまーノーストレスだよね。笑

 

で、原因である「認められたい」「愛されたい」と他人に承認と愛を求めるようになってしまったのは、「親のジャッジ(条件付きの愛情)」が原因なんです。

 

勉強ができれば良し。できなければダメ。

親の言うことを素直に聞けば良し。聞かなければダメ。

大企業や公務員は良し。フリーターはダメ。

 

そんな風に、普段の生活の中で親のジャッジを受け続けていくと、子どもはそういうものなんだと思い込んでしまうわけです。

 

そして、自分も親と同じ価値観を持った人間に近づいていく。

 

ジャッジが強くて、普段から物事の良し悪しを決めつけたり人をバカにしてると、自分自身も、

 

「ダメって言われるかも」

「バカにされるかも」

「愛想つかされちゃうかも」

 

と不安が生まれる。

 

この不安を消すために、相手に無理に合わせたり、やりたくないことを我慢したり、自分の意見を言わなくなっちゃったりするんだよね。

 

これが人間関係の悩みの正体。

やりたいことがあるのにできない理由も、好きな人がいるのに強く迫れないのも、

 

「嫌われるかも」

「怒られるかも」

「見捨てられるかも」

 

ってビビってるから。笑

まー、これはホントに怖いよね。僕も経験した。すっごい苦しい。笑 できれば避けたい。笑 向き合うのちょー苦痛だったなぁ。

 

この不安はジャッジから生まれてるから、親からもらったジャッジを手放せれば、不安は消えて人間関係の悩みも消えちゃうんだよね。

 

そんで、その親からもらったジャッジを手放す一番強力な方法が、

 

「両親と和解する」

 

なわけです。

実際強力っていうか、ここは避けては通れない、ってレベルなんだけど。

 

で、この「両親と和解する」っていうのはどういうことかと言うと、

 

「親のジャッジを許すこと」

 

であり、さらに踏み込んで言えば、

 

「親はあなたを愛していたからジャッジした」

 

ということに気づくこと。

どうして、親はジャッジしたのか、っていうと、それが一番正しい方法だと思い込んでたからなんだよね。

 

「学歴がないとダメ」

「素直に言うことを聞かないとダメ」

「大企業に入らなきゃダメ」

 

文字通り、「そうしなきゃダメ」だと思い込んでた。

そうしないと、不幸になってしまう、脱落者になってしまう、恥をかいてしまう、って本気で思ってた。

 

だから、あなたにもそう教えた。

あなたに幸せになってほしいから。

 

ただ、本当は学歴がなくても全然OKだし、大企業に入れなくてもフリーターでも幸せになれる。

 

それを知らなかっただけ。

不安で、怖れていただけ。

 

あなたのことを愛していたからこそ、あなたに幸せになって欲しかったからこそ、たくさんのジャッジをしてしまっただけなんだよ。

 

そしたらさ、いろいろガミガミ言ってくる親のことも許せるようにならない?

会えば文句ばかり、否定ばかりの父親だって、あなたのことを愛してるから否定する。

 

そんなやり方がじゃダメだ。

そんな非常識なことする奴はおかしい。

 

本気でそう思ってるから、その外側にある幸せを知らないから否定しちゃうんだよ。

いつも要領悪くてトロくて見てるだけでイライラしちゃうような母親だって、

 

わがままを言ったら怒られる。

自分がやりたいことを我慢すればすべてはうまくいく。

 

って思ってるから、自己犠牲的な生き方であなたを育てたんだよ。

 

つまり、言ってしまえば親はまだ怖れや不安を持ってる可能性が高い、ってこと。

それを理解して、

 

両親を1人の人間として受け入れることを「両親と和解する」って言います。

 

一緒に長年暮らしてきた人だし、子どもから見れば親は親だからついつい主観的な目線が入ってしまうけど、全くの他人として1人の人間としてみてみる。

 

あなたが生まれる前は、親はまだ親じゃなかったわけで、ただの1人の人間だったわけで。

 

その中でいろんな悩みや苦しみを抱えながら、手探りで生きてきたわけです。

 

そして、右も左も分からないような状態から子どもを授かり、あなたが生まれ、何が正解か分からないまま、精一杯あなたを育ててきたんだよ。

 

そりゃあ、人によってはロクな親じゃないように見える人もいるだろう。

 

虐待とかネグレクトとか、子どもをほったらかしで浮気したり愛人作ったり不倫したり。

でも、そういう親だって1人の人間で、たくさんの苦しみや背景があったからそうなっちゃったんだよね。

 

誰も好きで自分の子どもを不幸にしたい親なんて誰もいないんだから。

 

そうやって、親のことを客観的に俯瞰して認められるようになると、不思議と愛が芽生えてくるよ。

 

「まあ、仕方なかったのかな」

「精一杯お父さんなりに考えてくれてたんだな」

「お母さんも不安だったんだな」

 

って、思えてきて自然と両親とぶつかることも、関係が疎遠になりすぎることもだんだんなくなっていく。

 

これが「両親を許す」ってこと。

 

両親と和解する、両親を許すためには、

 

・両親を1人の人間として捉える、自分が生まれる前の人生を聞くといいかも

・両親のジャッジを許す、変えようとしない。変えようとすると反発されるから

・否定されたり口うるさく注意される時は「私は大丈夫だよ」と言って自分が大丈夫であることを伝える

・まっすぐ素直に本音を話す

・感情の結びつきや嫌悪感がひどすぎる時は、思い切って距離を取る。遠いところに引っ越したり連絡を絶ってみたり。ほとぼりが冷めてお互い冷静になったら改めて向き合おう

 

こういうことが大事。

両親との関係が癒され、両親を愛せるようになったら、びっくりするぐらい人間関係の悩みが解決していくよ。というか知らない間に解決しちゃってるよ。笑

 

ぜひ試してみてね。

両親との関係は悩みや確執を持ってる人も多く、できればそこは向き合いたくない、って人が多いんだけど、一番苦しいポイント、一番嫌なところだからこそ、人生が激変しちゃうから。

 

今日の参考記事はこれ。

 

ではまた。

 

 

 

 

人間関係の悩みを一撃で全て解決するウラ技(怪しいけど本当。笑)

 

 

 

イェーーーーーーーイ!!

 

さあお待ちかね!今日も

「妄想エブリナイ」

の時間がやってきたよーーー!!

 

 

 

みんなーーー、上がってるかーーーい??

 

 

 

んー、ちょっとイマイチだねぇ。

 

 

 

もう1回行ってみようかー!!

 

 

みんなーーー、上がってるかーーーい??

 

 

いいねいいねぇー!!

 

じゃあ今日も早速行ってみよーーーーーーう!!!

 

 

ヒアウィーゴォ〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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はい。

 

深夜のテンションというものはいかんともしがたいものでして、これはあれです。

 

学生の頃、初めて夜遊びをした時の興奮と、なぜか全くおもしろくもないことでゲラゲラ笑える深夜のノリと、ちょっと切なくなって自分の気持ちをポエム的なものにしたためましたよ的なあの陶酔感を足して3で割った気持ちというか、まああれですよ、この高ぶりのままにキーボードをタイピングし続けてたら深夜の交通事故が発生するっていうか、むしろ事故というよりは自殺に近い感じなんですけど、どちらかというと後から読み返して死にたくなるような素敵な作品に仕上がる一歩手前だったので、未然に事故を防ぐために、そう!命を救うためにお通夜の写真をぶっこむことで一旦テンションを落とそうっていう試みだったんです、はい、出来心だったんです。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

というわけで。

 

今日は人間関係の秘密について解き明かしていきたいと思います(わりと真面目)

これを知れば、

 

「なんで自分が悩んでるのか?」

「その悩みがどこから来たのか?」

「どうすれば解決するのか?」

 

がもれなく分かるはず。

 

いきなり結論からズバッと言うと、すべての人間関係の悩みはここから来ます。

それは、

 

「認められたい」

「愛されたい」

 

っていう気持ち。

 

認められたい、っていうのは、

 

賞賛されたい

評価されたい

褒められたい

頼られたい

用いられたい

 

っていうような気持ちのこと。

 

愛されたい、っていうのは、

 

大事にされたい

可愛がられたい

自分を見て欲しい

受け入れられたい

抱きしめられたい

 

っていうような気持ちのこと。

 

 

で、こういう気持ちの裏には、

 

「◯しなければ認められない」

「◯でいなければ愛されない」

 

という価値観があります。

例えば、

 

「結果を出さなければ認めてもらえない」

「綺麗にならなきゃ愛されない」

 

というやつですね。

この◯◯がないとダメだと思ってる。

 

これは条件付きの愛で、いつも◯◯してなきゃいけないから辛い。

 

「毎日ちゃんと働かないと社会では認めてもらえない」

「結果を出せない人間には価値がない」

「相手の言うことを素直に聞いていないと愛されない」

「わがままを我慢して相手に尽くさないと愛されない」

 

こういう人たちは、

 

認められるために毎日働き、

認められるために結果を求め、

愛されるために相手の言うことを聞き、

愛されるためにわがままを我慢する

 

わけです。

(大半の場合は自覚もありません。無意識的な習慣になってます)

 

本当にやりたいわけじゃないけど、認められたい、愛されたいがために努力して、頑張って、「◯◯」に入る条件を達成しようとします。

 

当然、この時点で辛いわけです。

 

だって、本当は、

 

「毎日きっちり働き続けるのはしんどい。。。ぶっちゃけ好き勝手やりたいことやって生きていきたい」

「結果ばかり追い求めて走るのはもう疲れちゃった。楽しくないし、いつもピリピリヒヤヒヤしてい仕事するのは嫌だ」

「彼の言うこと聞かないと嫌われちゃう。見捨てられちゃう。本当は私の全部をそのまま愛して欲しい。。。」

「こんなわがまま言ったら幻滅するだろうな。愛されなくなるだろうな。でも本当は私だってこんなこと言いたいし、したいのに」

 

って思ってるわけだから。笑

嫌なことを我慢して頑張ってるわけだから、そりゃ辛いわなー。

 

こういうのを「条件付きの愛」と呼びます。

 

他人に条件付きの愛を求めると、一生悩みが消えません。

なぜなら、ずっと他人に認められるために、愛されるために頑張ることになるから。

 

認めてくれるか、愛してくれるかは相手に主導権があり、あなたにはないからです。

だから、必然的に相手の顔色を伺い、ビクビクして生きるようになる。

 

自然と萎縮するようになる。

 

仮に一時的に認められた愛されたとしても、今度は「いつ見放されるか」「いつ捨てられるか」という不安に襲われます。

 

手に入れた瞬間に、今度は失う不安にとらわれるわけです。

 

じゃあ、「認められたい」「愛されたい」という気持ちをなくせばいいのか、というと少し違って、大事なのは、

 

すでに認められてる存在だと確信できるから、他人から認められなくてもいい。

すでに愛されてる存在だと確信できるから、他人から愛されなくてもいい。

 

と気づくこと。

それは、

 

「◯◯がなくても認めてもらえるんだ!衝撃!!」

「◯◯じゃなくても愛されるんだ!ありえなーい!!」

 

という「無条件の承認や愛」の体験を積む、ということ。

条件付きで自分をジャッジするんじゃなくて、無条件で自分を大事にしていく。

 

自分を大事にすることについてはこっちを参考にしてね。

 

こうして、徐々に他人からの承認や愛を求めなくていいようになると、人は

 

「やらなきゃいけない(と思い込んでる)こと」より

「ただ単純にやりたいこと」を

 

やるようになります。

そうすると、悩みやストレスはほとんど消え、毎日が楽しくなります。

 

逆に、他人の承認や愛を求めているうちは、本当に自分がやりたいこと、好きなことを始めることはできません。

 

なぜなら、それをすると認められない、愛されないと思ってしまうから。

 

 

「やりたいことがあるんですけど、こういう状況で難しくて……」

「本当はこうしたいと思ってるんですけど、金銭的に難しくて……」

 

って言ってる人は100%他人の評価や体裁を気にしてます。笑

認められない、愛されないのが怖いから、チャレンジできないわけだよね。

 

他人の承認や愛を求めない人は、周囲の目を気にせずやりたいことやっちゃうし、お金が必要なら誰かから借りたりもらったり、とにかくなりふり構わないよね。笑

 

じゃあ、どうして「認められたい」「愛されたい」という気持ちが生まれてくるのか、って言えば、両親からもらうんだよね。

 

幼少期の、

 

父親がテストで良い点取らないと褒めてくれなかった」

「母親の言うことを聞いて良い子にしてると褒められた」

 

といった条件付きの承認や愛の体験が、そのまま大人になっても出てきます。

これがずっと解消されないままだと、大人になっても、他人の承認や愛を求めて頑張り続けることになります。

 

つまり、人間関係の悩みは全て、「両親との関係」を投影している、ということ。

 

人間関係でいつでも認められない気持ちが消えないのは、両親に認めてほしかったから。

人間関係でいつでも認められない気持ちが消えないのは、両親に愛してほしかったから。

 

 

あなたが今悩んでる男性の人間関係は全て「父親の代わり」であり、

今悩んでる女性の人間関係は全て「母親の代わり」なんだよね。

 

だから、本当に人間関係の悩みを解決する一番いい方法、

「認められたい」「愛されたい」という気持ちを手放して、

本当にやりたいことを始める一番いい方法は、

 

両親と和解すること

 

です。

両親との関係は非常に複雑で、因縁や確執を持ってる人も少なくありません。

 

でも、だからこそ、そこから逃げても、そこを避けても、何度も何度も代わりの父親役、母親役が投影されて現れて、痛みとともに問題を突きつけられるわけです。

 

いわば人間関係の問題や悩みは家事でいう煙みたいなもので、火元は両親にあるわけです。

 

これ、びっくりすることだけど、父親との関係が良くなると、男性との人間関係がスムーズに運ぶようになります。

同じように母親との関係が良くなると、女性との人間関係がスムーズに運ぶようになります。

 

別の角度から見ると、

 

父親との関係が良くなるということは、自分の中の男性性を承認し、その力を解放できるようになる、ということ。

前に進む力、目標を達成する力、自由に冒険していく力が手に入る、ということ。

 

母親との関係が良くなるということは、自分の中の女性性を承認し、その力を解放できるようになる、ということ。

受け入れる力、癒す力、育み育てる力が手に入る、ということ。

 

なんだかんだ、父親は自分の半分を作っていて、母親は自分のもう半分を作ってる、ってことですね。

 

だいぶ長くなったから簡単にまとめると、人間関係の悩みや問題は全て

 

「認められたい」

「愛されたい」

 

という気持ちから生まれていて、それは両親から条件付きの愛によって育てられることによって生まれます。

 

だから、人間関係の悩みを解決する最短ルートは、両親と和解すること、というお話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……さて、本日の「妄想エブリナイ」はどうだっただろうか?

 

ちなみに、今回の記事は男性性の性質は青字女性性の性質は赤字で書いてるので、ぜひ読み返してみてほしい。

 

心に刺さる、当てはまる数によって、あなたが男性性が強いのか、女性性が強いのかが分かる仕組みになってるぞ!!

 

ここまで読んだあなたはぜひはてなブックマークに登録しておいてくれよな!!

 

それではまた次回っ!!

 

シーユーアゲイン♪♪

 

今日の参考記事はこれ。

 

 

愛の正体ってこれ。怖れの正体ってこれ

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人生をより楽しく生きる、豊かに生きる、幸せに生きる、喜んで生きる、ワクワクして生きる、っていうことは、誰にでもできて、科学的、論理的に明確な方法がある。

 

同じように、悲しみを減らす、苦しみを減らす、痛みを減らす、辛さを手放す、不幸せを手放す、っていうことも、誰にでもできて、科学的、論理的に明確な方法がある。

 

……っていうと、超ワクワクしない?笑

 

僕は超ワクワクする。爆

 

それで、そういうことが大好きで日々そんなことばっかり考えたり、調べたり、実験したり、研究したりしてるんだよね。オタク。笑

青春時代はゲームに人生捧げてた。笑 オタク。笑 どんまい。笑

 

で、幸せに生きるためにはどうすればいいか?

の答えなんだけど、

 

愛に生きる

 

ってこと。

逆に不幸な人は、

 

怖れに生きる

 

ってことをしてる。

で、これをいろんな言葉で言うと、

 

愛に生きる

安心感が増す

一体感が増す

全てはひとつ

波動が上がる

意識が上がる

エネルギーが上がる

純粋になる

繊細になる

ポジティブ

明るくなる

肯定する

解放する

軽くなる

自分を大切にする

循環する

 

となります。

反対は、

 

怖れに生きる

不安感が増す

分離感が増す

私は独り

波動が下がる

意識が下がる

エネルギーが下がる

不純になる

粗雑になる

ネガティブ

暗くなる

否定する

閉じ込める

重くなる

自分を粗末にする

停滞する

 

という感じ。

こういう尺度をいろんな人が、

 

波動が高い低い

自己愛が強い弱い

意識が高い低い

セルフイメージが高い低い

エネルギーが高い低い

 

って、自分の言葉で説明したりしてるんだよね。

(このブログでは「エネルギーが高い低い」って言葉で表現します)

 

で、エネルギーを上げる方法は超シンプルで、ひとつひとつ愛の選択をしていくこと。

 

具体的な行動を挙げると、

 

・他人に合わせるんじゃなくて、自分の心地よさを追求する

・他人を見てジャッジしたり、否定するのをやめる

・愛されるために尽くすのをやめる

・認められるために頑張るのをやめる

・他人を心配するのをやめる

・人を応援する

・いいこと、嬉しいことは周りの人にシェアする

・たくさん笑う

・親との関係を解消する(両親との関係が人間関係の土台)

・より自然に近い食べ物を食べる(食べ物は自然に近ければ近いほど波動が高い)

・良い水を飲む(浄水器やウォータサーバーなど工夫する)

・愛ある人、純粋な人、ポジティブな人と付き合う。怖れが強い人、ネガティブな人とは一定の距離をとる

・愛や高いエネルギーが込められた作品に多く触れる(音楽、舞台、絵などあらゆるもの)

・日光浴、月光浴、森林浴、土に触れるなど自然と触れる時間を持つ

・衣服や住居は常に清潔にしておく

・余計なものは持ちすぎない。断捨離する

 

こういうこと。

こういう行動は、物理的に波動や意識と呼ばれるものを上げてくれることがわかってる。

 

あと、こっちにも詳しく書いてるからぜひ参考にしてみて。

最後にも貼っておきます。

 


これは別に青字で書いた方が悪いとかダメってわけじゃなくて、ただ両極があるっていうだけ。

人間不安を知らないと愛がわからないし、やりたくないことが分からないとやりたいことも分からないものだからね。

 

痛みや不安やネガティブなものにも大きな価値がある。

もし、ネガティブなものを否定したり、ダメだってジャッジしてたら、それもネガティブな行為だから気をつけて。笑

 

どんどんエネルギーが上がっていくと、人間関係も喜びが増えて、仕事での感動も増えて、遊びもどんどん楽しくなって、心身も健康になって、受け取るお金も増えたりして、いいことづくめ。

 

どうしてそうなるかと言うと、エネルギーが上がれば上がるほど、そのエネルギーがいろんな豊かさ(お金、ご縁、チャンス、喜び)に変換されて循環してくるからだよ。

 

だから、エネルギーを上げることが大事なんだよね。

 

最初も言ったけど、これの何がワクワクするかって、こういう仕組みや原理が明確に働いていて、誰でも幸せになれるってこと。

だから、どれだけ今が苦しくても望み通りになっていなくても、絶対大丈夫なのだ♪

 

僕はそういうことのお手伝いをしたいし、自分ももっと追求していきたいから、一緒に進んでいきましょー!!

 

今回の参考記事はこれ。

 

では♪♪

 

 

 

大丈夫だよ。怖がらなくていいんだよ。

f:id:tatsunori-matsuda:20160828183921j:plain(「おひさまみたいに」イラスト / pon-marsh)

 

本当は、誰もが扉の開け方を知っていて、

だけど、怖くてその一歩を踏み出せないだけなんだ。

 

そんなことしたら、嫌われてしまう。

そんなことしたら、関係が壊れてしまう。

そんなことしたら、なんて言われるかわからない。

そんなことしたら、収入がなくなってしまう。

そんなことしたら、常識はずれで変な目で見られてしまう。

そんなことしたら、期待を裏切ってしまう。

そんなことしたら、愛されなくなってしまう。

そんなことしたら、すべてを失ってしまう。

 

「そんなこと」をしちゃいけないと思っていると、

本当にやりたいことができないんだよ。

心に素直に生きることができないんだよ。

 

本当は、やりたいのに。

本当は、自由にしたいのに。

 

怖いよね、怖いよね。

ずっとそうなることを怖れてきたんだから。

 

でも、本当は、あの人みたいに輝きたい。

活躍したい。愛されたい。成果を出したい。お金を稼ぎたい。

あの人はいいな、ずるい、羨ましい、すごい。

 

そんな風に思うのは、本当は自分もそうしたいけど、怖くて我慢していることを、その人は自由にやってるから。

本当は好き勝手言って、自由に働いて、それで愛されて、お金を受け取りたい。

 

でも、「そんなこと」はできないと思ってる。

 

好き勝手言ったら間違いなく嫌われる、

自由に働いてもどうせお金にならない、

お金が欲しいけどそんなのはなんか恥ずかしい、

 

嫌われるのが怖くて、お金にならないのが怖くて、周囲からどう見られるのかが怖くて、愛されないことが、怖い。

 

 

でも。

 

 

怖いから、今までずっとできなかったことだから、してこなかったことだから、

「それ」をすると全てが変わるんだよ。

 

人生を変えるのは、努力や頑張りじゃない。

努力や頑張りは楽しい結果として、自分がワクワクする結果として、誰かを愛した結果として「努力」や「頑張り」に周囲から見えるだけなんだよ。

 

だから、

 

努力するよりも、勇氣を出そう。

頑張るよりも、今までずっと怖れていた「それ」をやってみよう。

 

きっと、見える景色が一氣に変わるから。

 

ああ、これでも大丈夫なんだ。

 

って、飛び込んでみたら、今まで怖れていた「それ」が幻だったと氣づくから。

 

そして、頭じゃなくて、心と体で「大丈夫」って思えたら、

なんの躊躇もなく「本当はやりたかったこと」に挑戦できるようになるから。

 

大丈夫なんだよ。